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弟は姉の後ろにくっついて、じっとユズナ達を見つめている。先程蟲に襲われた恐ろしさが、まだ残っているのかも知れなかった。姉の方はもう、何かを怖がっている様子は無かった。スモモのようなほっぺたと、編んで垂らした髪の先がくるんと跳ねているのが可愛らしい。
「助けてくれて、ありがとう」
「ケガは無かったようね」
ユズナは目を細め、微笑んだ。
「泊まるところを探しているなら、私達の家へ来て。小さいけど、宿屋もやっているの」
「本当?」
そう言うと、ユズナはシオンを見た。シオンは黙って見つめ返すと、ただそっと肩をすくめた。
「それじゃあ、お世話になろうかしら」
ユズナが応えると、少女はほっぺにえくぼを作った。
「私の名前はヨナ。この子はトク」
「私はユズナ、このお兄さんはシオンよ」
「こっちよ。私の家は」
ヨナはユズナを手招きしながら、歩き出した。
どこかのいたずら小僧が、ウミワラジの骸を蹴飛ばした。丸味を帯びた殻が石畳に弾んで、くるくると転がり、海に落ちた。
人々は皆、それぞれの日常へと戻って行く。
ただ、一人の男が、幼い姉弟に連れられた二人の後を追っていた。
頭巾の付いた旅衣に身を包んでいるため、確かな年齢は誰にも分からなかった。身のこなしは山猫のようで、すれ違う人にその目的を気づかせないほど、しなやかだった。
男もまた、異邦人であった。
クナ人ともテパンギ人とも異なる、白い肌をしていた。
頭巾の内の顔を見る者がいれば、亜麻色の髪や、青味がかった灰色の瞳から、遥か北方の民であることに気が付いただろう。
男はユズナ達を追いながらも、まるで彼自身が追われているかのように絶えず周囲に油断のない目を向けていた……。
ヨナの家は港町の外れにあった。漁船が並んだ一角で、ヨナの家にも魚の網が干してある。父親はもっぱら漁をしていて、宿の客の世話をしているのは母親なのだ、とヨナは言った。
「お母ちゃん、ただいま」
丸々と太った二の腕で、水汲みをしていた母親は、子どもの声を聞いて振り返った。
「あれまあ、ヨナったら、何処で油を売っていたのさ。おかげでちっとも洗濯がはかどらなかったよ……おや失礼、こちらはお客さんかい?」
ヨナは港で起きたことを、大きな身振りを加えながら、話して聞かせた。
母親は目を丸くして言った。
「まあまあ、それじゃあこちらのお二人はあんた達の命の恩人ってわけかい」
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