第1章

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 新幹線で降り立ったのは地方都市。  改札を抜けた駅ビルは東京とは違い、人波の向こうが透けて見える。混雑はしていないが、途切れる事なく利用客が行き交っている状況は、かえって構内の清掃が行き届いている事を気付かせてくれる。  発着アナウンスに負けない力一杯の歌声やギターの音が所々から響いて、偶々居合わせた利用客がしばし足を止めて聞き入っている小さな輪に幾つか出会うのも和やかで微笑ましくて、好感が持てるからこの駅が気に入っている。  城下町なので、コンコースには土産物屋が軒を連ねているし、地方の駅にしてみればレストランやカフェも多い方かもしれない。自家用車の所有率が全国的にも高いからこそ、東京に直結する鉄道を県としても推しているのだろう。いずれにしても、東京からのアクセスの良さはありがたい。  改札はビルの3階にある。駅ビルの外に出ると、この街の醍醐味に遭遇する。広いテラスの向こうには、街一番の高層ビル・市庁舎が奇を衒わない実直な姿で建っている。それ以外は沿道の木々の緑が豊かで、遠景のなだらかな山々は季節ごとに装いを変えて、仕事に疲れた荒みがちな私の心をリセットしてくれる。華やかだが多忙な職場に埋没している日常から逃げ込むには、この街の少しばかり鄙びた風情が丁度いい気がする。  そよそよと秋めいた風が吹いて、マスタードイエローのブラウスをそよがせる。東京とは、空気の透明度が違う。すぅっ、と思わず深呼吸する。何度も来ているのに自嘲するが、繰り返しやってしまうのだ。  目に緑、肺に新鮮な空気を取り入れて、日頃の垢を流した気分になって落ち着いてから、「えいっ!」と胸中に喝を入れて一歩踏み出した。  地上の歩道にはエスカレーターで下りる。毎回、乗り出す時はハイヒールが気になって最初の一歩に躊躇してしまう。普段はこんな靴を履かないから。この街に来る時は、特別なのだ。 
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