ひかりのふね

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 雨が降っているとき、この部屋は方舟のようだ。  表の道にはひと気がなく、雨が屋根やコンクリートに打ちつけるかすかな音だけが聞こえる。ドアも窓もぴたりと隙間なく閉じられて、冷たく濡れていく外の世界を遮断する、行くあてのない方舟だ。  翌日が仕事のない日だったので、目覚ましをかけずに眠った。朝、ふんわりと浮力に持ち上げられるように覚醒して、目も開けないうちに雨の音を聞いた。  起きて顔を洗い、ティーバッグの紅茶を淹れたあと、しばらくぼんやりしていた。北向きの窓のカーテンを開けはなつと、空が雲で覆われているせいか、四角く切り取られた視界は全体的に白っぽかった。  フローリングの床にはだしで立っていたら、さっきまで寝起きで熱いくらいだったのに足元がどんどん冷たくこわばっていって、慌ててルームウェアの靴下とパーカーを着こむ。なにか音がほしくて小さなテレビをつけるとNHKでニュースをやっていた。 ――川崎で起きた中学生殺人事件の犯人は未だ捕まっていません。 ――先程岩手県沖で震度三が観測されました。この地震による津波の影響はありません。 ――本日午後、オランダ皇太子ご夫妻が来日され、天皇皇后両陛下との夕食会に出席されます。  ベッドに腰かけて平日とは違うアナウンサーが堅苦しく喋るのを聞いていたけれど、どれもあまり現実感がなかった。宇宙ステーションで地球から配信されてくる何日か遅れのテレビを見ているみたいだった。  枕元のスマートフォンを、コンセントに繋がったままのケーブルを引っ張って手繰り寄せる。ツイッターをまず開いて、タイムラインのほとんどをスクロールで読み飛ばす。すぐに閉じて、今度はフェイスブックを開く。旅行の写真、明るいカフェでケーキを囲んでいる写真、友達の子どもの一歳の誕生日祝いの写真。休日には投稿が増える。それもやはり遠く思えるのは、私のカレンダーが空白だからなのだろうか。機械的に指を動かして画面を遡っていくと、糸井あすかの投稿で手が止まった。 『イラストレーター十五名によるポストカードブック「30×leaves」に参加させていただきました。六月十日書店等で発売予定です。詳細はホームページに記載しておりますのでよろしければ見てください。』
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