第1章

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新潟市西区小針。涼しいを通り越してうっすら寒い夕暮れです。東京帰りのハーモニカはやはり水辺が恋しいようです。歩行者専用の小さな橋が西川に架かっています。どこを探しても名前が書いてありません。名も無い橋の上で、名も無いハーモニカ吹きが一人、得意げに吹き始めました。 I'll Close My Eyes そこにドカドカっと集団がやってきました。部活帰りの男子中学生のようです。楽しそうに話す声が聞こえてきます。この狭い橋の上でなに食わぬ顔でやり過ごすのは気まずい。脱出します。橋から降りて川の土手に回り、おっと滑る。ここでドプンと川に落ちて新聞に載る訳にはいかない。 中学生お手柄、チームワークで43才男性を川から引き上げ なお、警察では男性がなぜ川の周辺にいたのか取り調べを行う模様 とか新潟日報のあんずちゃんの隣にデカデカと載ったら人気者になるだろなあ。中学生が。 落ちませんでした。今日はやめておきます。落ちるの。土手に腰掛けてさっきの続きをアドリブで吹きます。男子も女子もそれぞれまとまって、中学生は思ったより頻繁に橋を渡っていきます。吹き続けていると通り過ぎる彼らのおしゃべりはいくらかトーンダウンしているようです。立ち止まらないまでも、こっちを伺っている気配を感じます。もう暗くてお互い見えませんでしたが、僕らは確かに出会い、そして恐らくうち何人かとは、契約を交わしました。 彼ら、彼女らのうちから必ず新潟の将来を担うジャズミュージシャンが出ます。自伝の書き出しはきっとこんな感じでしょう。 あの日、あのハーモニカを聴いていなかったら今の私はいませんでした。 また明日。
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