第1章

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出会いがあれば、やがては別れがある。帰り道、僕はそんな使い古されたフレーズを思い出していました。 初めて歩く道が好きです。そぼ降る雨の中、次の角を曲がった先に見える景色に心を躍らせながら僕は上越市頚城区のJR黒井駅を目指していました。海にほど近い新興住宅街と国道8号線に囲まれた好立地。自然に恵まれている一方で便利な上越市街も目と鼻の先です。駅から徒歩0分。地図にはロータリーが書いてあります。もしかしたら若いストリートミュージシャンがギターを鳴らしながら歌っているかもしれない。優しく声をかけてあげよう。僕は森の向こうに灯りを見つけました。黒井駅です。 僕は嬉しさのあまり駆け出しました。「自由通路」と書いてあります。そうだ。僕らはこの駅では自由なんだ。思ったほど人がいません。小走りで階段を上るとあっという間に反対側の西口に出ました。こんなにあっけない駅だったとは。演奏場所をどうしようか考えて見ました。 この自由通路に惑わされてはいけない。最近できたのでしょう。自由通路に惑わされて見るべきところを見逃すところだった。暗闇に浮かぶ昔ながらのホームの佇まいを見よ。 切符も買わずにホームに降り立ち、誰もいないベンチの小屋をすり抜けて、ハーモニカを取り出しました。 There will never be another you もう少しでアドリブが出来るはずなんだ。コード進行は厄介なようで、反面ありがたい。 「快速電車が通過します。白線までお下がり下さい」 とアナウンスがあって、電車が通り過ぎて行きました。次に普通列車が止まるまで、それに乗るお客さんがホームに集まりだして気まずくなるまで吹いてやろう。その気まずさが僕を少しだけ上手くしてくれるはずだ。 A♭m6の6はつまりFだから、そっからBにズバッとトライトーン!からの~コンディミでお茶を濁す的な響き?あーいいね。僕は今、上手くなった。この瞬間、上手くなった。 「快速電車が通過します。白線までお下がり下さい」 なかなか普通列車はこの駅には止まらないらしい。1時間以上吹いていました。誰にも迷惑をかけていなけりゃいいんですが分かりません。 と、その時待ちに待ったアナウンスが入りました。 「普通列車が通過します。白線までお下がり下さい」 通過すんのか? 出会いも無けりゃあ別れも無い。そんな黒井駅のホームでぼくはまた少しだけ上手くなってしまった。 また明日。
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