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ヴァルは困っていた。
困り果てていた。
原因は、目の前で泣き伏している女にある。
「あのさー…」
「嫌ですぅ!」
まだ何も言っていない。
「いや、えっと、話聞こうか?」
「嫌です、私は帰りません!」
涙に濡れてぐしゃぐしゃになった顔を上げて、キッとヴァルを睨みあげる。
(あー…めんどくせー奴に当たった)
ヴァルは後頭部をがりがりと掻きむしりながら言葉を探すが、この女を言いくるめられるほどの妙案は浮かんでこない。
仕方ないか、と諦めて肩を落とした。
「わーかったアンタが帰りたくないってのは良くわかったよ。たださ、教えてくんない?なんで帰りたくないのか」
部屋の隅に置かれた木箱に座り、足をぶらつかせながら女に問う。
「え、てか口調変わってません?」
そりゃ「おねーさんゆーしゃさまでしょ?」と話し掛けてきた子供が態度を一変させれば疑問を持つだろうが、ヴァルは女が泣き出す前からこの口調である。ツッコミが遅すぎる。
「別にいいだろンなこたぁ」
ぞんざいに言い放つと女はビクリと肩を揺らした。
随分と気の弱い勇者である。
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