婚約者のパラドックス

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でもそれをすることであの幸せな未来が手に入るのなら。一緒にケーキを食べていた写真。同棲していた写真。そしてプロポーズ。 教室に戻ってきた本来の目的を果たすため、俺は教室の一番後ろの自分の席の机の中を見た。 そこからカッターナイフでボロボロに切り刻まれた教科書を出す。表紙には『キモい』『死ね』。自分のカバンの中に入れた。教科書と一緒に入っていたぐちゃぐちゃのパンをゴミ箱に捨てる。 2年の時に男子のボス的な奴に目をつけられてイジメが始まった。無視しても終わることはなく、それは連鎖してどんどん広がった。クラスで俺と口を聞いてくれるのは学級委員長の白河さんだけ。 他の女子には“さえ菌”と呼ばれて避けられている。 自分みたいな奴は一生誰にも愛されないのだと思っていた。 でも違った。5年後には瑞希さんに出会って、恋をして、8年後にはプロポーズ。 未来には泣いて、愛して、 毎日触ってキスをしてくれる人がいた。 “高校生の時から同じ女の子が好きなんだ” 10年後に瑞希さんを悲しませるのは心苦しいが、多分言わなければ未来も過去も変わる。 だって今この話を聞いてなかったら、5年後だろうと俺はスーパーで見かけた瑞希さんに声などかけられない。 遥か未来、瑞希さんに言ったら呆れられるだろうか。怒られるかもしれない。 でも彼女との出会いで高校生の時の自分がどれだけ救われたか話せば、笑って許してくれる気がする。 自分の学ランの袖を触る。もう彼女の手の温度は消え、残っていなかった。 瑞希さん。俺が将来結婚したいと思った人。今のどん底な俺に未来への希望を見せてくれた人。 早く会いたい。 【婚約者のパラドックス】
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