婚約者のパラドックス

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瑞希さんの手に力が入って、俺の袖が少し引っ張られた。目をつぶっていても、瑞希さんが背伸びしたのがわかった。顔が近づいてきてファンデーションの香りが薄く香ってバクンと心臓が跳ねた。 前のめりになりそうな衝動を堪えて、目をつぶって耐えていたら瑞希さんが「あ。時間」と言った。 「え?」 袖から急に手を離されて目を開けると、目の前にいたはずの瑞希さんは消えたようにいなくなっていた。まるで初めからいなかったかのように、影も形もない。 「いやいやいやいやいや! ちょっと! ちょっと!!! 瑞希さん!? 瑞希さん!」 自分以外に誰もいない教室で叫んだが、返事はない。それから30分、いや1時間ほど教室で“もしかしたら戻ってくるかも”という淡い期待をして待っていたが、もう瑞希さんは来なかった。 これは悪魔の所業だ。鬼だ。鬼。 「瑞希さん……」 彼女の話が本当ならあと5年で瑞希さんにまた会える。 って長い。長すぎる。 しかも5年後にスーパーで瑞希さんを見つけて「トマト美味いっすよね。ひひひ」と変態的に声をかけなきゃならないし、お茶に誘ってアイスティーにレモンとミルクをぶっこまなきゃいけない。
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