622人が本棚に入れています
本棚に追加
一言も喋らず淡々と仕事を進め、あとは数が合わなかった分の原因を探る作業だけになった。
「橘さん、後は私1人で大丈夫です。先に上がって下さい」
どうか、さっさと帰って下さい。
橘さんを帰るように促す。
「あ、それさっきやっておきました。単純なカウントミスでした。じゃあ、棚卸し終了ですね。お疲れ様でしたー」
橘さんが『疲れたー』と言いながら首を回した。
…気付かなかった。いつのまにカウントし直してくれたんだろう。
橘さんは、口は悪いが仕事は出来る人間だった。
「木内さん、彼氏さんが迎えに来るんでしたっけ? でも、こんな時間に駆り出されるとか彼氏さんが不憫なんで一緒にタクシーで帰りましょうよ。家、どこですか?」
腕時計を見ながら『もう2:00かよー』と顔を顰める橘さん。
悟は迎えには来ない。呼びたくもないし。でも、橘さんと一緒にタクシーに乗るのも嫌だ。
タクシーに乗ってしまったら、あっと言う間にアパートに着いてしまう。
悟は明日もお休みだ。きっと今日は朝方まで起きている。
悟と普通に会話出来る自信がない。
「…橘さんはどちらにお住まいですか?」
「B町」
橘さんの言うB町は、私が住んでる場所と方向が真逆だった。
「方向が違うので、お一人で帰って下さい。戸締りは私がしますので、どうぞ先に上がってください」
お店の鍵を取ろうとキーボックスを開けると、
「『夜中に女性を一人で帰すな』と親に言われて育てられたもので」
私の言葉を引用した橘さんが、私の上から手を伸ばし、キーボックスから鍵を抜き取った。
この人、口は悪いけどやっぱり育ちが良い。
こんな尊敬さえ出来ないだろう年増の私を、レデイとして扱ってくれる。
でも、やっぱりこの人、苦手だ。
最初のコメントを投稿しよう!