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緒戦、路傍に咲く花
シティ・オブ・ロンドンの北北西、ハイゲイトの地にある墓地で彼女は人を待っていた。
鬱蒼と茂る原生林の中に散逸する墓石の一つに半ば透けた体を据え、待ち人を探して観光客を眺め渡す。
透けていても、彼女は美しかった。生前は青白かった肌の色味が抜けたため、ひょっとすると生前よりも美しいかもしれない。
彼女には最愛の人が居た。月の如く玲瓏と輝き、太陽の如き苛烈さで人の心を翻弄し、朔の夜のような恐ろしさを心に宿した人だった。
彼の人は甘美な優しさを彼女に食ませ、その唇から零れ出た望みを次々と叶えてみせた。その中には本来なら到底不可能なものあって、彼女は恩義に報いたい一心で、望まれるままにその手を取った。
しかし、結局は恩を返すどころか、裏切る形で自らの人生に終止符を打ち、逃げてしまった。その上、死した後も愛する人を裏切り続ける羽目になった。
周りには、同じように神の許へ生き損なった人の魂が彷徨っている。しかし、彼女は彼らのように嘆いたり、生者の気を引こうとはしない。
ただ一人、沈静の中で罪に慄き、最愛の人との再会を待っている。歓喜と恐怖の入り混じった心を震わせ、祈る気持ちでその時が来ない事を願っている。
しかし、祈りも虚しく、再会の時はいよいよ迫ろうとしている。彼女は騒乱の絶えない南南東を見やり、その危難を嫌うようにふいと顔を背けた。
棚倉〔才人〕の姿が〔奥の屋〕にないことは、その日のうちに知れ渡った。
逃げ出したのではないかと噂する者がいないでもなかったが、殆どの者は噂を聞いても眉ひとつ動かさなかった。
〔奥の屋〕で妃嬪が姿を消す時は、決まって『薔薇姫』の命を受けて動くときだからだ。
彼女達はそれ以外の理由でこの花園を離れず、離れることをよしとしない。
留守にしている仲間は、必ず世界の何処かで与えられた仕事をこなしている。
たとえそれが、仕事などできそうにない、ものを知らない新米の子供であっても。
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