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今日はいやに疲れていた。仕事仲間がやけに絡んできたし、それでなくてもややこしい外来の患者の相手を3人もしたせいだろうか。ミイラとりがミイラになるとは言うが、精神科医という仕事は本当に心を病んでしまうことがあるから注意しなければならない。
「ずっとね、考えてたの」
「何をだ」
「どう、料理してやろうかって」
「…それならトマトを諦めてはくれないか」
「それは、ちょっと」
「わかっている」
そのやり取りの間に彼女はそっと湯飲みをテーブルに置いた。何のお茶を淹れたのかは、その香りですぐにわかる。
私の職業を意識してかは知らないが、私がつらいときの彼女は実に察しがいい。独特のたどたどしい口調と好物の茉莉茶で私を癒してくれるのだ。
私はいそいそとテーブルにつき、少し音をたてて茶をすすった。湯飲みの中ではゆらゆらと花弁が揺れている。
「どんな店だったんだ」
「直売所、じゃないけど……野菜がね、すごく美味しそうで」
「ほう」
「みんな新鮮で、ぴかぴかで、とりわけ」
「輝いていたのか、トマトが」
「そう」
「今のおまえの笑顔の方がよっぽど輝いて見えるが」
少し皮肉を込めたつもりだったが、効くことはなかった。彼女は別段気にする風もなく、少しはにかんでまた作業を続けた。
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