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実験が行われたのは、現在から約半世紀前。
脳波についての研究が盛んに行われていたその次代、人間の媒体にした実験も多かった。
その中のひとつ。過去の記憶を強制的に想起させることで、脳波にどのような影響を与えるのか――。
この実験の目的はそれだった。が、実験中に事件は起きた。
①~③の内の一つのサンプル実験中、被験者の多くが意識錯乱状態に陥ったのだ。
それでも実験は滞りなく継続された。当時の人々の科学への探求心は、倫理をも超越していた。
無論、自殺した三分の一というのは、同じサンプルの被験者たち、ということだ。
教授が見せた例のサンプルは文章で書かれたものである。
普通に考えれば、文章を読ませるだけで人間を自殺に追い込めるとは考えにくい。
だから、実際の実験では、脳に何らかの誤認識をさせ、その記憶を映像として再生する、といった操作が行われていたというトンデモ科学的な説もある。
要は、夢を見ているのに近い状態を再現した、といえばわかりやすいだろうか。
ただしその仮説は公式的には認められていないが。
被験者たちへ話を戻す。
彼らはすべて、一年以内に、とある場所で労働した経験のある者たちであった。
そこはいわば強制労働施設。数ヶ月、数年に渡り、監禁同様に労働者を管理し、一日の十四時間から十六時間の勤務を強要していたらしい。
かつて北海道で行われていたとされる蛸部屋労働などは、非人道的であるという理由もあり、法的に禁止された。
ここでの労働はその蛸部屋すらも凌駕する“えげつなさ”であったともされていたりするが、これもまた詳細は闇に葬られてしまっている。
こういった労働があった、という史実だけが反面教師しとして語られているだけなのであった。
そして、この悪夢のような過酷な労働を連想させる単語は、世の中から消去されていくことになる。
彼らがその日の仕事を受け取る部屋、それから過酷な労働を強いられる現場のことは、便宜的かつ隠語的に「教室」と呼ばれていたらしい。
教室という言葉はつまり、その強制労働を連想させるスラングなのである。
だからそれ以来、この国では学びを請う部屋のことを「教室」と呼称することを避けるようになり、代わりとしてラボラトリー、ラボなどと呼ぶことで認知されている。
辞書を隈無く探しても「教室」という単語は見当たらない。
教室という言葉は、今でもなお、世論から抹消されたままだ。
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