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「郊外にね、おっきい家を借りるの。春遠さんには違うお医者さん探して、ちゃんと心のケアをしよう。ふたりで短時間のアルバイトとかすればいいと思うんだ。春遠さんが苦しいときには、俺が必ずそばにいられるようにする」
「千秋、仕事どうするんだよ?」
「休職願い出して、無理だったら辞める」
「だめだ!マネージャーとして結果出して認められ始めたとこで、信頼できるスタッフもいるのに。簡単に辞めるとか言うな」
急に春遠が声のトーンを変えた。
「いいんだ。春遠さんより大切なものなんてないから。情に溺れてるんじゃないよ。ちゃんと考えた。今乗り越えないと、俺たちはきっと一生苦しみ続けるよ。一緒にいても、たとえ離れても。一年、二年、三年、都心じゃなければ、それくらいはアルバイトでなんとかなる。貯金もあるし。その後、また好きな仕事したいなって思ったらまた始められるよ。地方で好きな服ばっかり集めたセレクトショップするのも楽しそうだし、海外にファッションの勉強に行ってもいいし。マネージャーの仕事を手放しても経験は残るから大丈夫。こんな風に思えるのって春遠さんに会えたからだよ」
「だめだよ。千秋はそんなことする必要ないだろ?自分の荷物は自分だけのだって言うんだったら、千秋は俺に関わる必要無い」
「俺ね、春遠さんにいっぱい大切なものもらったよ。昨日も『嫌だ』ってあいつらの前でちゃんと言えたんだ。録音に残ってるから何かあった時には証拠にできる」
昨日の夜から、春遠を安心させようと何度も笑みを作ろうとした。今は何も考えなくても自然と微笑むことができる。自分は変われる、ふたりの未来はきっと明るい、心からそう思える。
「あれは保険だよ。千秋を人前に晒せる訳ない。大した話題にならなくても、その手の話はどこまでも追いかけてきてついて回る」
「何かの時にはって話だよ。俺が今自分は大丈夫って思えるのは、春遠さんのおかげだって言いたいの」
自分の経験から言っているのは明らかで、言葉の重みを受け止め、優しく髪を撫でる。いつもはさらさらの髪がパサつきもつれかけているのは、昨日からのストレスのせいだろう。
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