00 序

2/2
117人が本棚に入れています
本棚に追加
/192ページ
 首に繋がれた銀色の細い鎖を親指と中指で摘む。二本の指の間で転がすと、しゃらりと極小さな音を立ててそれは揺れる。  きっと両手で引けば、簡単に引き千切ることとができるだろう。それほどその鎖は細く心許ない。  反対の先は美しい男に繋がっている。同じように鎖を首に巻きつけていながら、なんでもないかのように闇を湛えた瞳でこちらを見て、そっと微笑む。綺麗に浮き出た鎖骨に、重力を感じさせない軽やかさでその先を垂らしている。長めの髪がさらさらと鎖に触れるだけで必要以上に揺れがこちらに伝わり、体を震わせてしまう。  ぎゅっとこちらの端を握って引き寄せたら、どうなるんだろう。美しい男は近づいてくるのか、鎖は切れるのか。結果を知るのは恐ろしく、試す気にもなれない。  残念ながら鎖は本物ではない。イメージだ。  千秋は実際に見ているかのように、触れているかのように詳細にイメージする。アンティークのような繊細な銀色を、光が反射して輝く艶めきを、とろりと肌に馴染む華奢さを。ふたりを繋ぎとめるために。  ついと柔らかく鎖を引くと、男は綺麗な顔を寄せてきてキスをくれた。唇が触れたのは一瞬で天上の砂糖菓子を口に含んだように儚く、どこまでも純粋に甘い。  なのに唇の隙間から数滴注がれた唾液は、毒を忍ばせたシロップみたいに体の内側を侵食して、つぷ、つぷ、つぷ、と細胞をひとつずつ目覚めさせる。  優しいキスが千秋にもたらすのはどろりとした欲望だ。体内はあっという間に情欲に浸され、ずくずくと奥が期待に波打つ。もっと乱暴なやり方で、侵食して欲しいと。口内の柔らかい粘膜を余すことなく蹂躙して、押し倒して体をがんじがらめにして、身勝手に突っ込んでくれたら……。 『抱いて……』  その声は微かな音にもならなかった。
/192ページ

最初のコメントを投稿しよう!