01 恋に落ちる日

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 フィギアのように小さく見える下を歩く人々はこんなに苦しい思いを抱いて生きているんだろうか。答えなんて求めていない。彼らが自分より幸せか、幸せでないかなんて、自分には関係ない。  問題は心が痛いと気づいていても、どうやって感じていいのかわからないことだった。つき合っている男に裏切られたら怒るだろうし、悲しいだろうし、辛いのは当然だ。それがわかっても実感がない。痛いのは確かだが、感情や頭がついてこない。最低な別れに心が鈍感になることを望んでいる。  言われて一瞬、スポーツと言い切ってしまえるセッ クスならば、愛情込みの自分の方が上なんじゃないかと思ってしまった。合鍵だってもらっている。  待て待て待て、おかしいだろう。つき合ってるんだから。  真っ当な自分が流されそうになる自分をすくい出し、相手を罵ることもなく、靴箱の上に鍵を置いて部屋を出た。それでも、どこかで追いかけてきてくれるんじゃないかと思っている自分が嫌になった。  いつにも増して長く、過ぎ行く光を眺めてしまう。もう、ひとりで眠れない日、マンションのバルコニーから流れるヘッドライトや家々の灯りをぼんやり眺めていた子供じゃないのに。  水商売をしながら女手ひとつで育ててくれた母は、千秋が高校一年の時に再婚した。複数店舗の輸入雑貨屋を営む義父とも問題はない。あるとすれば、成人を過ぎても誕生日やクリスマスにプレゼントを贈られることくらいか。血は繋がっていないが、歳の離れた妹ができたことも嬉しかった。  母ほどのバイタリティがあればよかったのにと、時々思う。そしたら胸が痛む日に、光の数も数えないのに。
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