01 恋に落ちる日

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「しーぬのー?」  自分にかけられた言葉の意味が咄嗟に理解できなかった。下を覗き込んでいた自分の顔をすぐ真横から知らない男が見ている。思わずそのままの体勢で男の顔を見返す。人形みたいな茶色い瞳と目があった。すぐにキスができるほど間近で。  その瞬間、空間も時間もぐにゃりと歪んだ。  同じ性的指向の男は時々見るだけで千秋にもわかることがある。驚いたが投げやりな気持ちになっていた分、きっとナンパだろうと適当に受け流せた。 「死んでもいいかなー」  死にたいだなんて全く思ってもいなかったのに、唇から勝手に音がこぼれ落ちた。男がふっと笑みを見せた。泣いてるみたいな、笑ってるみたいな、よくわからない顔だった。  思い返してみれば、恋愛でいいことがあった試しがない。ことごとく千秋の恋愛運は悪かった。  つき合う相手にはそれほど困らないのに、いつも短期間で終了。見た目も性格もかなり普通のラインだと自分で思うのだが、なぜだか最初優しかった相手は豹変し、浮気したり、暴力的になったり、貯金を使い込んだりする。幸せなのは一瞬で、後になってみればそれすら本当に幸せだったのか怪しいほどで、本当の意味で愛されたことなんてない。  気持ちを踏みにじられ続けて、このまま一生恋もしないなら、今死んでも一緒かな…そう思ってしまった。 「一緒に死んであげよっか?」  さらりとした髪が風に揺れている。男は千秋を見て口元を歪め笑っている。  途端に現実に戻って、怖くなった。逃げないと。今すぐここから逃げないと。安全な日本と言えども、おかしな人間はいる。千秋は失恋の痛みも忘れて、知らない男の笑顔を見て本気で怖くなった。
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