極北バレンタイン-真夜中版

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   引き戸を開け、空席が無いかと見回した直後。  彼女の表情が固まった。  元気な店員が動き回り、同じ様に足止めをくらっているらしい仕事帰り姿の多い店内。  カウンターの隅の、予想外のスーツ姿。  ひとまず入って戸を閉め、店頭の張り紙を見るふりをする。マフラーに隠れた口元が、悪い笑みを浮かべるのを止められない。  しかし店員が案内に来る前に笑みを押し込み、さも待ち合わせのような顔をして、カウンター席に向かった。 「珍しいね。こんなトコにあんたが居るなんざ」  声をかけると、相手はぎょっとしてこちらを向いた。  長めの髪に細面。眼帯をした四十がらみの男。  室長、細田。  そういえば、肩書きどころか下の名前をちゃんと聞いたことも無いのを思い出す。  だが気にせず彼女は、気安く隣の空席を引いた。 「夏以来か? あんたも雪で足止めなら、同じ目に遭ってるよしみだ。ちょいとお付き合い願うぜ」  かばんを置き、マフラーとコートをとりながら言う。  相手はこちらを、頭からつま先までまじまじ見てから肩をすくめ、観念したように息を吐いた。 「……ま、座りなよ奥さん」  呼び方に、片眉をハネ上げる。  ならばと、こちらも声色を変えて返してみる。 「あいあい。ヌシさんお優しいことだわいなァ」  それで嫌な顔をされるものだから、してやったりと、満足して笑いながら座った。  しばらくぶりの友人のようだが、二人はそう健全な仲ではない。  ひと夏に、2度も死闘を演じた仲だ。  それぞれ結果は重傷で、お互いしばらく寝込んでいる。  刃は勝手に、一勝一敗だからもう後腐れは無いと思っている。  何だかんだで夏の終わりまで関わっていたし、その事件も落ち着いたしで、悪くも思っていない。  相手は、どう思っているか知らないが。  
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