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「夜明かしするトコ探してんの」
突き出しと熱燗が運ばれてきたところで、刃は独り言のように切り出した。
2本来たうちの1本を室長の前へ置き、自分は手酌で猪口へ注ぐ。
しかし室長は酒器に手をつけず、つつきかけの味醂干しを口に入れた。
「へえ? どうしてまた」
「帰り道に渋滞につかまってこのありさまよ。今更電車乗ったって新幹線無ェし、夜明かしするのに駅は寒すぎらァ」
地方住みにゃ帝都は遠いぜ。とまた一口含み、目で勧める。
だが苦笑が返された。
「せっかく戴いたところ悪いが、仕事中でね」
移動途中の車も渋滞につかまり、運転手ごと放ってきている。
が、本人も言うまですっかり忘れていたことは、おくびにも出さない。
勿論知らない彼女は建前と思い、口をとがらせた。
「何だつまんねェな。じゃあどっか始発まで時間潰せるとこ教えてくれよ」
「あァそれなら……」
言いかけ、室長は悪だくみを隠すように、口元を撫でる。
「いや、こんな美人が一人で夜明かしなんざ、危なっかしくッていけねェや。どれ、オレがいい宿を知ってるから、そこで休んで行っちゃアどうだい」
「そりゃ親切にどうも。でもこの雪じゃ、今更部屋なんざ取れねェだろう」
「なに、そこは任しておくンなさい。ネエさんの寝床くらい、すぐにでもご用意できますよゥ?」
存分に含みのある目を向けられ、刃はこらえきれず吹き出した。
「オイオイもうちょっとヒネって来いよ、魂胆が丸見えだぜ」
「つれないねぇ」
オレとネエさんの仲じゃないかと言われ、更に笑う。
「まぁあんたとは、突いたり憑かれたり燃え上がったりした仲だしな」
物理的にだが。
室長も、以前貫かれた腹をさすってみせる。
「そうさね。こんな日は、ネエさんにやられた所が疼きやがる」
「あぁそうかい。そんな時ァ酒で消毒しとくに限る」
もっともらしく言って、室長の前の猪口へ酒を注ぐ。
「おや、だからオジサン仕事中なんだがねェ」
「仕事中にこんなとこでメシ食ってるあんたが悪い」
にやあっと笑うと、店員を呼び止めて追加注文を始めた。
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