極北バレンタイン-真夜中版

4/17
前へ
/20ページ
次へ
  「夜明かしするトコ探してんの」  突き出しと熱燗が運ばれてきたところで、刃は独り言のように切り出した。  2本来たうちの1本を室長の前へ置き、自分は手酌で猪口へ注ぐ。  しかし室長は酒器に手をつけず、つつきかけの味醂干しを口に入れた。 「へえ? どうしてまた」 「帰り道に渋滞につかまってこのありさまよ。今更電車乗ったって新幹線無ェし、夜明かしするのに駅は寒すぎらァ」  地方住みにゃ帝都は遠いぜ。とまた一口含み、目で勧める。  だが苦笑が返された。 「せっかく戴いたところ悪いが、仕事中でね」  移動途中の車も渋滞につかまり、運転手ごと放ってきている。  が、本人も言うまですっかり忘れていたことは、おくびにも出さない。  勿論知らない彼女は建前と思い、口をとがらせた。 「何だつまんねェな。じゃあどっか始発まで時間潰せるとこ教えてくれよ」 「あァそれなら……」  言いかけ、室長は悪だくみを隠すように、口元を撫でる。 「いや、こんな美人が一人で夜明かしなんざ、危なっかしくッていけねェや。どれ、オレがいい宿を知ってるから、そこで休んで行っちゃアどうだい」 「そりゃ親切にどうも。でもこの雪じゃ、今更部屋なんざ取れねェだろう」 「なに、そこは任しておくンなさい。ネエさんの寝床くらい、すぐにでもご用意できますよゥ?」  存分に含みのある目を向けられ、刃はこらえきれず吹き出した。 「オイオイもうちょっとヒネって来いよ、魂胆が丸見えだぜ」 「つれないねぇ」  オレとネエさんの仲じゃないかと言われ、更に笑う。 「まぁあんたとは、突いたり憑かれたり燃え上がったりした仲だしな」  物理的にだが。  室長も、以前貫かれた腹をさすってみせる。 「そうさね。こんな日は、ネエさんにやられた所が疼きやがる」 「あぁそうかい。そんな時ァ酒で消毒しとくに限る」  もっともらしく言って、室長の前の猪口へ酒を注ぐ。 「おや、だからオジサン仕事中なんだがねェ」 「仕事中にこんなとこでメシ食ってるあんたが悪い」  にやあっと笑うと、店員を呼び止めて追加注文を始めた。  
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加