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それぞれに、銚子が2、3本空いた頃。
刃が、ふうっと、酒に染まった息を吐いた。猪口に目を落とし、しみじみ呟く。
「……何だかねぇ」
室長から、尋ねる目を向けられ、どう言ったものかと顔をしかめてから、続ける。
「こっち来てから、オレを女子扱いしてくれる人間が多くてさァ。オレ様時々、どんな顔していいかわかんねーわ」
「はあ。まるで昔は女じゃなかったような言い方だ」
今更きくなよ、と刃は瞼を半分下ろす。
「いつぞやかに遊んでイタダイタときは、オレ様たしか男でしたけど?」
「そうだったかね? 十分な艶姿を拝見させていただいた気がするが」
「そりゃドウイタシマシテ。貴重なモンが拝めたな」
死神の身体を借りて、ひと夏自由にさせてもらった。
色々とごたごたはあったが、過ぎてしまえばそれまでだ。今日こちらへ来ていたのも、世話になった店長へのお礼参りのためだ。
今は、彼女本来とは言いきれないものの、どう見てもはたちかそこらの女子の姿。
そういえば、カフェでも散々凝視されたり確かめられたのを思い出す。
「……ところで室長さんよ」
「うん?」
「さっき、何でオレって分かったんだ?」
改めて訊くと、室長は何とも言えない顔をした後、それこそ今更何を仰る、と苦笑した。
「こんな所であんな声のかけかたする女なんざ、ネエさんしか存じ上げねえや」
「そうかい」
不満げに返すと、片頬を引き上げて付け足される。
「こんな日にわざわざオレを探して、イイ女が訪ねてきたかと思っちまったよゥ」
「残念ながら偶然だ。あんたこそ、ここでオレを待ちかまえてたのかと思ったよ」
「そんな事が出来るなら、毎晩でもやってるね」
くっくと喉で笑われるから、馬鹿馬鹿しくなってくる。
どっちでもいいや、と手をひらひらさせた。
「あんたが先回ろうが付け回そうが捕まろうが、どうでもいいや。酒の席は飲むに限る」
銚子を掴むと、室長の猪口へ注いだ。
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