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「長谷川君の保護者の方ですか?」
教師が声をかけて来た。
その声に、ビクッとして硬直する。
「…はい、三者面談とかで。息子がお騒がせしておりまして、ご迷惑おかけしました。」
目が泳ぐ。
その声の主を見てもいいか戸惑いながら、向き直りお辞儀する。
「…田村、田村ゆかり?」
私のツムジに、懐かしい名前が降って来た。
チッ、暴露たか…。
「いえ、別人です。」
笑いながら顔を上げて、入り口に立つ男性教師を見上げる。
「ご無沙汰しています、森田せんせ。」
彼は、目を見開き、その後直ぐに力を入れていた肩から力を抜いた。
懐かしいちょっと苦い記憶が蘇る。
少し、髪に白髪が混じりましたね。
記憶の中のせんせ。
今のせんせ。
「相変わらずだな。元気そうだな。…それと、長谷川君の母親だったんだな。ビックリした。」
ポツポツと話すせんせ。
「はい、全く私の脳みそは育ちませんでした。ははは。」
ちょっとノスタルジックな気分から、私の年齢にはそぐわない話し方になる。
「そっか、母親なんだな、もう高校生の。」
「はい。出産が早かったんで。」
「そっか、そっか。」
そう言って頭をかくせんせ。
その癖変わらないね。
懐かしい記憶が、どんどん零れて来る。
思い出したくなくて、封じ込めていたのに。
「せんせは、暫くずっとここの高校ですか?」
「いや、お前らが卒業してから幾つか転々として、去年ここに来たんだ。これから、こうやって、教え子達の子どもとか教えて行くのかー。老け込むな。」
せんせの目は、相変わらず目尻が笑うと垂れる。
「でも、親としては、信頼出来る先生に我が子をお願いできるのが嬉しいですよ。むしろ育て方を怒られそうでコワイですね…。」
喉から零れそうな言葉を飲み込み、吐き出す言葉に違う意味も持たせる。
あなたの子どもだから、育て方を怒られそうなんだよ。
でも、知らないままで居て。
来君とせんせの不思議な縁。
私だけが知っていよう。
多分、これがキッカケでせんせは来君を意識する。
でも、それはどこ迄行っても、『教え子の子ども』であって欲しい。
幼い来君と一緒に過ごせた時間。
あれは、私だけのモノ。
そうだよね、…お姉ちゃん。
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