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――夢を見ていた。
『父さん……母さん……』
遠く、幼い頃の夢を。
都会の隅にはじき出されたアパートは、日当たりも悪く湿気が強い。
この日は轟々と雨が降っていて、僕はひがな窓から空を眺め続けていた。
――灰色の空。
絞り出された雨粒が、空気の膜を引き裂いて落ちてくる。
ぽつり、ぽつりとベランダに水滴が落ち、雨の日特有の音楽を奏でた。
静けさの中を雨音が奔る。
まれに見かける歩行者は、色とりどりの傘でせめてもの彩色を試みていた。
しかし、鬱屈な心を晴らすことは出来ない。
僕のいる部屋を含めて二部屋しかない我が家は、些細な物音ですら家中を駆け巡る。
母さんが料理をする音、父さんが野球中継を観ている音。
たまに二人の喧嘩する声。
だから、何かトラブルが起きたのなら、すぐに気付くはずだった。
僕はトイレに行こうと立ち上がり、部屋を出た。
すると、台所で父さんが母さんを庇うように重なり、血を流して倒れていた。
父さんの背中には、無数の穴があいている。
湧水のように流れ出ている鮮血は、今しがた負った傷だと僕にしらせた。
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