第8章 男心は胃袋で!

4/5
1170人が本棚に入れています
本棚に追加
/99ページ
俺は中学生の誠も、高校生の誠も知らないけど、ここを顔真っ赤にして必死に上っていく姿が簡単に思い浮かんだんだ。 明るく楽しい声を発する口をでっかく開けて、空気をその小さな胸に思いっきり吸い込んで、全身に送って、吐き出しながらギュッと力を足に込める。 ペダルを踏みしめて、一生懸命上っていく。 頑固で負けず嫌いだから、坂を上る瞬間、気合を入れて挑んでいくんだ。 「誠、忘れた?」 坂道だけじゃない、どんな困難にも立ち向かう、市民の味方で、俺の最強のヒーローだろ。 「俺、犬井誠の嫁だぜ? それと、俺はまるごと誠のことすげぇ好きなの、忘れた?」 「……」 「ほら、旦那様、へばってきたから手繋いで引っ張って」 掌、指を思いっきり広げて差し出すと、誠の栗色の髪がふわっと跳ねた。まん丸の瞳はキラキラ輝いて、夕暮れ手前の空に現れた一番星だ。 「よーし! 僕が引っ張ってあげっ、げ、うわぁぁぁぁ!」 「早く行くぞ! ハンバーグ用の挽肉、タイムセールになってるってお母さん言ってただろ!」 その手を丸ごと掴んで思いっきり引っ張りながら、足がもつれるよりも早く一緒にバカみたいに長い坂道を上っていく。 ふたりで引いて、引っ張られながら、一緒に上りきったところでお互い腹を押さえながら、肩を上下させて薄い気がする酸素吸い込んで、運動不足かなって笑ってた。 「お…………」 一口食べて、隼人がぐっと言葉を飲み込んだ。 「どう?」 「うーっ!」 めちゃくちゃ睨まれてる。 飯には自信あるんだって。 誠に手料理いっつも振舞ってるし。誠も日増しに料理美味くなるから、こっちとしても腕磨いておかないと、そのうち追い抜かされるだろ。 誠を喜ばせたいじゃん。 飯でもなんでも、誠に常に笑っていて欲しいから。 男の花嫁なんて、ほら、飯だって下手っぴじゃんって言いたそうな顔してた。 大好物らしいハンバーグ食べて、言いかけた言葉を堪えるために顔を真っ赤にしてる。 ニヤリと笑ってやると隼人がムキになってもっと顔をトマトみたいに赤くした。 男の心を掴むには胃袋掴んだほうが早い。 付き合う前はそうやって誠を釣ってたし、今、お母さんもお父さんもそして実さんも、この渾身の出来って言えるチーズ入りハンバーグに陥落した。 残すは隼人だけ。
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!