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「先生は、母親の人形ですか?」
生徒にそう言われた時、私はすぐに言葉が出なかった。
季節は7月、既に夏休みには入っているが家庭環境やクラスには馴染めたかなどを確認するために教師たちはこの時期に、生徒の家に家庭訪問に来ている。
特に中学生になると高校などの進路の選択もあるので、私が受け持っているのは中学2年生だがそれでも早め早めにと進路の話をしたり、生徒の意思や保護者の意思を聴いたりしながら選択肢を探したりなどをする。
私も、本日最後の生徒の家で家庭訪問を行いそろそろ帰ろうとした時だった。
今まで和やかに会話をしていたはずなのに、急に真剣な表情で問いかけてきた生徒に思わず固まる私。
生徒の母親も、実の子の問いかけに固まっていたがすぐに落ち着きを取り戻して子供に声をかけた。
「どうしたの?優ちゃん、何かあったの?」
2-B組、出席番号67番…美園優
クラスでは、明るいムードメーカーとして一人で座っている子などがいたら話しかけにいったりするなど優しい子で友人もとても多い。
そんないつも笑みを絶やさない彼女が、こんなにも真剣な目をしているのを私は初めて見た。
「どうしたの?美園さん………何か悩み事があるならすぐに対処出来るように話してくれると助かるな」
当たり障りのないように話せば美園さんは、先ほどの真剣な目を少し緩めて少し考えた様子を見せながらも話し始めた。
「うーん………私の悩み事じゃないんだけどね
例えばさ、私とママって似てると思う?」
美園優にそう言われて、彼女と母親を見比べる。
活発的な彼女と比べて、母親はどちらかといえばおっとりしている。
保護者会でも、発言をするより聞き手側の方が多いから積極的なほうでないと見える。
「似てないでしょ?」
そんな私を察したのか、美園優は笑みを浮かべると目の前に置かれていたコップについた水滴をなぞり始めた。
その行為に、何故か私は冷や汗が流れ始めてきた。
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