無糖SF

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二  それは僕が妻と離婚し、埼玉県の志木市に引っ越して一年後の夏のことだ。テニスクラブのメンバーから一本の電話があった。 「急で申し訳けないけど、市のテニス大会に出てくんないかなぁ?」  彼が言うにはダブルスの相手が、急遽、海外出張で出られなくなったと言う。「いいですよ」と即座に答えた。何にでも飽きる僕だが、この趣味だけは大学時代から続けている。だから、めったなことで断らない。  そして九月。試合当日。僕はカーテンの隙間から見える夏雲を見上げ溜息をついた。実を言うと僕は、暑さにめっぽう弱い。体温調節中枢が他人に比べ弱いらしい。「今年は九月後半になれば、急に涼しくなります」との気象予報士に騙された。「まあいいさ、試合はトーナメント方式。負ければそこで終了。いつものレストランで昼食を兼ねた残念会をすれば、それはそれで楽しい日曜日だ」  僕はにわか楽天家を決め込み、家を出た。だが、現実は違っていた。僕らはその日、調子が良く、市民大会常連の優勝候補をうちまかし勝ち上がった。結局、決勝戦まで行き、優勝決定戦で負けたのだが、それでも壮絶なタイブレークを演じた。 「いや、たいしたもんだよ。おめでとう。打ち上げを、パーとやろうよ?」  最後まで試合を観戦してくれたクラブ仲間が誘ってくれた。 「ごめんね。ちょっと体力の限界だ。今日は帰るよ」  残念そうな仲間の視線を背に受けながら、逃げるように帰った。僕はアパートに帰り、燃える様な体に冷たいシャワーを浴びせ、食事もせずに、ベッドに倒れ込んだ。 「もう二十代じゃないんだ。年甲斐もなく、がんばり過ぎだ」  レム睡眠の中で後悔が頭をよぎった。どの位眠ったのだろう? 「なんだ?……この痛みは」  腰を中心に腹全体が猛烈に痛い。経験したことのない痛みだ。ベッドの上で体位を変え、痛みを和らげる努力をし、それでも二時間ほど我慢したが、耐えきれず救急車を呼んだ。病院で僕は、肩に痛い筋肉注射と座薬を入れられ、ベッドにうずくまった。しばらくして、痛みは嘘のように去り、ベッドから起き上がれた。そのことを看護師に告げると、入れ替わりに当直医が現れ、来院時に撮ったレントゲンを説明した。 「私は泌尿器科でないのでハッキリ言えませんが、尿管結石の疑い大ですね。精密検査の必要有りです」
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