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うっかり屋のケントのドジはいつものことらしく、みんな笑いながら受け入れているようだ。
それはいつものこの教室の風景だった。
「ほら、ケントこっちこいよ。俺の教科書見せてやっから」
かっちゃんが自分の机をケントの机にくっつけた。
ノートは、後ろの席のアヤノが自分のノートを切り取って分けてくれた。
そうこうしているうちに本鈴も鳴って、みんな先生が来るのを待っていたが、その日はなぜか、授業が始まってもなかなか先生は現れなかった。
やっとのことで、先生が教室にやってきたとき、青ざめたその様子にみんな敏感に気づいた。
起立礼の号令も済んだのに、先生は、なにかを耐えているように、教壇に手をついたまま教科書を開こうとしない。
?????
「先生、どーしたんですか?」
「……みんな、落ち着いて聞いてね。今朝、山口ケント君が通学途中に交通事故に遭いました」
震えるような先生の声が教室に行き渡る前に、かっちゃんが言った。
「なに言ってんだよ、先生! ケントならここに……」
かっちゃんの隣の席では、ケントがびっくりしたような顔で先生を見つめている。
ケントの後ろのアヤノも、教室の他のみんなも、先生がなにを言っているのかわからないと言った顔で、先生とケントを交互に眺めている。
「え……?」
先生は形のいい眉をひそめた。
「カツヤ君、ケント君がここにいるわけないでしょう?」
噛んで含めるように、ゆっくりとそういう先生の言葉に、教室のみんなが息を呑んだ。
先生には、ケントの姿が視えないのだ――。
「ケント、おまえ……?」
愕然とするかっちゃんに、困ったような顔のケントが応えた。
「そっかー。やっぱそっかー。公園の前の横断歩道渡ってから時間が飛んでるから変だと思ったんだー」
「ケント……」
「僕、今朝はちゃんとランドセル持ってたんだ。だって、かっちゃんに『ワンピース』返すつもりだったから……」
「ケント……」
「ケント君……」
教室中のみんなが、口々にケントの名を呼ぶ。
困ったような笑顔でケントが言った。
「ごめん、かっちゃん、『ワンピース』返せなくなっちゃった……」
その声を最後に、ケントの姿が教室から消えた。
「いいよ! そんなのいらないよ!! 返さなくていいから行くなよ、ケントッ!!!」
かっちゃんの悲鳴のような叫びは、その後大人になっても、教室のみんなの心にいつまでも響くのだった。
<完>
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