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「うん。ガスマスク」
こん、こん、と己のそれを軽く叩く。
さっきから、彼女の声はちょっとくぐもっていた。そりゃそうだ。ガスマスク被ってるんだもの。そりゃこもるよ。
やたらガスマスクの眼の部分は大きくて……これは何と言うのだろう。レンズ? 左目のレンズの方が大きく穴が開いていて、生の眼球があらわになっている。それだけで、この少女の顔の造形美が分かる。顔を隠すためにやってるなら、それで意味がなくなるのに何をやってるのだろう。
「……why」指をさす。
「ファッションだよ」
すぐに返される。重い理由があるわけじゃないらしい。
彼女の髪は私と同じく長い黒髪で、彼女はうしろで左右に分けているのか二つのお下げがかわいらしくパーカーの外にこぼれている。体格は私より小柄で、ああ、ホント。場所が違ってたら――いや遠慮はなし。嗜好が違っていたら――その姿じゃなかったら、印象も違っていたのかもしれない。
「……えーと」
「もっかい言うね。クルメ、あまり馬鹿な人は好きじゃないよ? でも、まだキミのことは好きだよ?」クルメ――彼女の名前だろうか。クルメは、かわいらしく首をかしげる。「クルメ、キミのことが好きなの」
ガスマスク少女はかわいらしい声で言った。(だけどくぐもっている)
「………」
女の子にわざわざ好きって言われるのは衝撃的なはずなんだが。私は何も言えなかった。
ガスマスクが全てを奪っていた。
私は額に手を当てて考え込む。
……何だろう。私、何か悪いことしたかな。
「そろそろ嫌いになるよ? クルメはね――」
「聞こえてます」私は彼女の言葉をさえぎる。「あなたの言ってることも理解しました」
もう一度、彼女の姿を見なおす。
かわいい。ガスマスクをのぞけば。
……いや、赤と黒のパーカーも随分インパクトあるけれど。ガスマスクに比べたらかわいいものだ。いや、失礼なこと考えてるかな? 彼女には、このファッションはとてもすばらしいのかもしれないし。んぅ……。
「好きって……えーと、友達になりたいの?」
「理解してないじゃない」ガスマスクは大げさにため息をつく。「違うの。クルメはそんなことを望んでるんじゃないの」
ガスマスクちゃんは近づいて来た。
私は思わずたじろぐ。
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