群生トンボ

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群生トンボ

 夏の終わりになると、いたるところでトンボを見かけるようになる。  害虫ではないし、むしろ風流な存在だと思うが、通行中などに遠慮なくぶつかってくると、さすがにちょっと煩わしい。結構痛いし。  特に、何年か前には、近所一帯にトンボが大発生したことがあって、あの時はかなり迷惑だと感じた。  まあ、飛んでる飛んでる。遠慮なくぶつかる。時には肩とかに止まって、引き剥がそうとしても離れない。  あの時は結構な数のご近所さんが迷惑して、近所にある池の公園を埋めたらどうだ、なんて意見も出たくらいだ。  トンボの幼虫であるヤゴは水棲で、ここら付近のトンボはみな、その公園の池に卵を産みつける。それは毎年のことだけれど、その年は、詳しくは知らないけれど、ヤゴの餌になる水棲生物がかなり繁殖したらしく、豊富な餌を得て、トンボが大発生したらしい。  ただ、その話を何かの折で耳にするたび、俺は、あれはトンボの大発生とは関係のないことだったのかと思うことがあるのだ。  その年の春頃、部活が長引き、帰りがやたらと遅くなった時があった。  誰もいない公園を突っ切り、自宅に向かう。その時に、池の側に誰かが立っているのを見かけた。  こんな時間に何をしているんだろう。そう思いはしたけれど、ともかく帰ることに意識が向いていて、俺は池から視線を外した。  その直後。  大きな水音が響き、俺は池の方を振り返った。そこに、さっき立っていた人の姿はなかった。  池に落ちた? でも、だったらばちゃばちゃもがく音がする筈だ。  もしかして、飛び込んだ?! だけどその場合でも、多少は水音がするだろうし…。  なんだかどうしようもなく怖くなって、俺は、何もなかった。さっき立ってた人はどこかへ立ち去ったと、そう自分に言い聞かせて家へと走った。そして、俺の『何もなかった』を裏づけるように、こんな朝い池なのに、水死体が見つかったなどの騒ぎは一際起きず、この夜のことは俺の勘違いというか取り越し苦労というか、そういうもので片付いた。  だけどその年の夏の終わり、何故かトンボが大量に発生した際、俺はふとこの件を思い出したのだ。
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