第1章

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 教室の扉を開けたら、そこには俺の母が立っていた。  可愛いようで可愛くない、熊のプリントが描かれている黄色のエプロンを身に着けて、片手に大根を持ったその姿。こっちを見て「あれ?」という顔をしているが、俺もきっとよく似た顔を同じ表情に変化させていただろう。  俺はとりあえず、そのまま一度開けた扉を閉めた。  今見た光景が何なのか分からない。いや、目に入った人物が自分の母であるという事は分かっているのだが。  混乱した俺は、今見た光景を忘れることにした。そうして、もう一度、扉を開けてみた。  果たして、そこにはいつもの教室があって、先程の光景と同じように母が立っていた。  俺はもう一度扉を閉めた。  何故そんなことが起こるのか分からない俺は、己の行動を振り返ってみることにした。  いつも通り朝起きて母の作るトーストとサラダを食べて、顔を洗って、歯を磨いて、制服を着て、家を出た。いつも通りの電車に乗って、いつも通りの時刻に校門を通り、いつも通り、扉を開けたのだ。  何も普段と変わらない筈。変わった事をした覚えはない。  最も、母は俺が家を出た時には、下手糞な鼻歌を歌いながら洗い物をしていたと思う。  それがどうやって、先に家を出た俺よりも先に教室に辿り着く事ができたのだろうか。考えてみる。
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