第1章

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 まず、先回りする方法。  家を出た俺よりも早く自転車を漕ぎ、駅に行って、俺よりも早く電車に乗る。これは、あまり現実的ではない。何故なら、母は家事をする時は終わらないと次の行動に移らないからだ。  家族4人分の洗い物を行うためには普段であれば30分はかかる。それを終わらせる前に母が家を出るとは考えにくい。それに家を出てから30分あれば、俺は既に電車に乗っている。  電車以外の足、と考えてみても車は父が通勤で使うため、母を乗せて俺の学校に送っていく時間などないと思われる。タクシーであればどうか、と考えてみてもそんな無駄遣いを倹約家の母親がするとは考えにくい。  よって、先回りする方法などない。証明終わり。  次に、そもそも母がここに来る理由を考えてみる。  俺が忘れ物をして、それを届けにきた、というのが一番常識的に考えて最有力だ。  しかし、俺は忘れ物などした覚えはない。今日の授業で使う物など前日の夜には完璧に用意しているし、弁当だ、部活の道具だ、といった忘れやすそうなものも、今は俺の両手にぶら下げた鞄の中にきちんと入っている。  もし、母が手に持っていた大根を俺に届けに来た、ということであるならば、俺には予想がつかないのも致し方ないとは思う。しかし、それは意味が分からない。今日は別に調理実習があるわけじゃない。  じゃあ、何か伝えなければいけないことでもある、という可能性。  誰かが病気だ、危篤だ、そんな緊急の用事があって駆け付けた、という場合はどうか。これもありえない。電話、という文明の利器を活用しない筈がないからだ。  よって、母がここに来る理由は何もない。これも証明終わり。  結論。俺には母が此処にいる理由は分かる範疇にないということだ。  それではどうするか。俺が取るべき行動は、一つしかない。  この扉を開けて母と対面し、直接、ここへ何をしに、どうやって来たのか聞く。これだけだ。  ここまで考えるに要した時間は恐らく1分もないだろう。俺は決断の早い男なのだ。  そうと決まれば迷わず扉に手を掛けた。
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