第1章

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 そして、教室の扉を開けたら、そこには。  今度は俺の父が立っていた。  まだワイシャツ一枚しか身に着けていないために、裾から派手な赤色のトランクスの柄がちらちらとのぞいている状態で、ネクタイを締めようとしている父がそこにいた。  その不可思議な事実に俺の予定は大幅に狂ってしまった。だから、俺はもう一度扉を閉めることにした。  あの派手なトランクスは、重要な会議がある時に身に着ける勝負パンツだと言っていた気がする。  そんなどうでもいい情報を思い出しながら、いやもしかしたらあれは父ではなく、同じくらいの年代の俺のクラスの担任だったかもしれない、という己の目の錯覚を疑って、俺はもう一度扉を開けてみた。  そこに居たのはやはり勝負パンツを穿いてネクタイを締め終わった父だった。その口が「おう?」と間抜けな声を発した。俺は相手とよく似た顔を、再びよく似た表情にしていただろう。  錯覚ではなかったことに残念な気持ちになりながら、俺はとりあえず再び扉を閉めた。考えを整理したかったのだ。  父であれば、車通勤をしているから、俺が教室に到着するよりも早くこの場へ着く事はできる。よって、先回りすること自体は可能だ。  だが、あの恰好を見る限り、外に出られる恰好ではないことは明らかである。父の外での評価が品行方正、四角四面なサラリーマンであることは母から聞いて知っている。父は真面目に一家を支えている大黒柱であるのだ。  その人物があんな勝負パンツを穿いている姿を人目に晒す筈がない。  よって、父がスラックスを穿く事を放棄してまで俺の教室に先回りして登場することなどない。そのうえ、父には母の様に忘れ物を届けたりする世話焼きな面があるわけではないので、俺の教室に来る理由もない。  以上の事から導き出される結論は、父がここに居る理由は俺の理解の範疇外にあり、それを知る方法としては、本人に聞くことが一番の近道であるということだ。  今度はここまで考えるに至った時間は30秒ほどだろう。そう結論を出した俺は善は急げとばかりに、父にここに居る理由を聞くべく扉を開けることにした。そして――。
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