優しい時間

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俺は、アイツのお母さんにたのんで、ペンケースをもらった。 なんだか、ゴチャゴチャと色々入っているペンケース。 高校受験は、それを使った。 一緒に行こうと言っていた高校に合格したとわかった時、俺は初めて泣いた。 アイツと通うはずだった校舎を見て、涙がとまらなかった。 あれからずっと、アイツのペンケースを使っている。 ゴチャゴチャと汚いままずっと。 気持ちのどこかで、アイツが眠っている地元を離れるのが怖かった。 アイツを置いていくのが嫌だった。 いつまでもウダウダしている俺に、アイツが業を煮やしたのだろう。 わざわざ喝を入れに来やがった。 「っしゃー!!」 イスから立ち上がり、大きな声を出す。 その瞬間、胸ポッケトでチリンと音がした。 あの日からずっと持っている合格祈願のお守り。 ポンポンと胸ポケットを叩き 「東京の大学!合格してやるから待ってろ!」 そう自らに宣言をして、学校を後にした。 階段をトントンと下りながら、自然と笑顔になる。 俺の中で、アイツは一緒に合格していた。 同じ高校に通っていた。 なぜなら、夢の中のアイツはこの学校のジャージを着ていたから。 俺と同じジャージを着ていたのが、もの凄く嬉しかった。 靴を履き替えようとして、無意識に持っていた物を見る。 左手に空のペットボトル。 アイツの飲みかけのスポーツドリンク。 美味しくて、夢の中で俺が飲み干したやつだ。 夢じゃなかったのか? いや、そんなはずはない。 空のペットボトルをジッと見ていると、 『美味かっただろ?』 アイツの声が聞こえた気がした。 外はキラキラのオレンジから深いオレンジ色に変わっていて、泣きたいほど優しい時間をふんわりと包んでいた。
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