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優しい時間
教室の戸を開けたら、そこには夕日でオレンジ色に輝く空間が広がっていた。
部活は、夏休み前に引退した。
それなのにこんな時間まで学校にいたのは、進路について担任と話をしていたからだ。
「どうすっかなぁ」
俺はため息交じりに呟きながら、窓をガラリと開けた。
その瞬間、夏の終わりの空気と一緒に、オレンジの光の粒子が俺の中を通り抜けていったような感じがした。
それくらい、眩しいほど綺麗なオレンジ色の世界がそこにはあった。
「進路、どうする事にした?」
後ろから突然聞こえた声に驚いて振り向くと、そこにはジャージ姿のアイツがペットボトルのスポーツドリンクを飲みながら立っていた。
「ほら」
飲みかけのスポーツドリンクを差し出してきたので、素直に受け取りゴクゴクと飲んだ。
冷たいそれはあまりにも美味しくて、あっという間に飲み干してしまった。
「あ、わりぃ。全部飲んじゃった」
空になったペットボトルを目の前で振ってみせると
「別にいいよ」
と、アイツは笑った。
その笑顔を以前どこかで見たことがある気がして、ジッと見つめてしまう。
「なんだよ、そんなにジロジロ見て。俺の顔に何かついてるか?」
アイツは日に焼けた浅黒い手で、顔をこすった。
「あ、いや、そうじゃなくてさ。なんか 前にもこんな事があったような気がして」
悪い悪いと、俺は視線を窓の外に向けた。
あんなに輝いていたオレンジは、すでに藍色に飲み込まれ始めている。
「どうすっかなぁ」
俺は、また同じ事を呟く。
「何がだよ」
アイツは笑いながら俺の隣に並んで、うーんと伸びをする。
「進路だよ!お前が聞いてきたんだろうが」
俺も笑いながら、アイツの腕をバチンと叩いた。
「いてぇよ」
お返しとばかりに、俺の足を軽く蹴りながら、アイツは「で?」と聞く。
「俺さ、地元の大学に行きたいんだよ。でもさ、親も先生も東京の大学に行けっていうからなぁ」
でもなぁと言いながら、俺は刻々と群青色に変わっていく空を見ていた。
「なんで地元にこだわるんだよ。お前なら、東京の大学なんて余裕だろ?」
改めて聞かれると、何故だろうと考えてしまう。
なんでだ?
東京の一人暮らしに憧れていたじゃないか。
それなのに、地元にこだわるのは何故だ?
いつから地元の大学に行くって言っていたんだろう・・・。
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