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一
「ふい~~、疲れたァ~~」
独り言を呟きながら、田嶋は安アパートの扉を開ける。
手にはセブンイレブンのビニール袋を持ち、仄かに揚げ物の匂いが漂う。
「あ、お帰り~~」
「おう……。って、おい」
思わず返事したが、田嶋は独り身。
浮いた話も無く、女性の影も形も無かった。
三十を過ぎて腹も出っ張り、頭は薄く。
ただの中年にしか見えない。
そんな彼の部屋に、女性が居る筈も無いと断言できる。
「何?」
「いや、何? じゃねえよ。誰だ、お前え」
警戒心も露に、田嶋はジリジリと木刀に近寄った。
修学旅行のお土産で買う様な木刀だが、当てればダメージは与えられる。
「忘れたのかい? なんなら、思い出させてあげようか?」
そう言うと瞳が、虹彩が茶色から鳶色。
黄緑へと色が変化していく。
「江名かよ。可笑しいな? ありゃ物語の中だけで、現実にゃ無え筈なんだが……」
動揺したからか、地の。
東北最南端である福島県訛りが出た。
「あたしも判らなくてさ。そうそう、閻魔も居るよ?」
「ミヤも? 有り得ねえ」
有り得ないと言っては居るが、有り得ない事こそ有り得ると田嶋は知っている。
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