古びたピアノの前で

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 渡辺さんが、私をにらみつける。口もとは、相変わらず微笑んでいた。彼女の口が開く。  「あなたは、私とよく似ているわ。私はあなたがうらやましかった。私もあなたみたいにもっと力強く、図々しく生きていきたかった…。ねえ、私と入れ替わってよ。あなたが私の代わりに病院のベッドで寝て、私はあなたの代わりに合唱コンクールで歌ってあげるわ。私の方が、あなたの声をうまく使いこなせるもの。あなたは少しばかりりきみすぎなの。喉を締めすぎなのよ。もっと自由に歌わなくっちゃ。空も飛べるくらいに…。」 「いや、成りかわらないで!私は私のもの。この姿も、この性格も、この声も…。あなたがうらやましいなんて、思わなければよかった…。」 「あなたが悪いのよ、あなたが…。」 「いや、もう消えてちょうだい…。」  
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