教室の戸を開けたら、そこには

4/6
前へ
/6ページ
次へ
「ぼ……僕だけ、休むことにしたんだ」 「だったらどうして朝一に学校来てるの? ゆっくり登校してくればよかったのに」  渡辺さんの追求は意外にもしつこかった。普段から何気ない会話を交わしていることが仇となっている。なかなか自然に話が途切れてくれない。 「急遽、お腹が痛くなってしまったんだよね」  僕は迷った末にそう答えた。あまり好ましい言い訳ではなかった。要するにトイレネタである。それでもエロ本のことを看過されるよりはマシだと思った。 「臭い話だね」  ごもっともです。とはいえ、おかげで話が途切れた。流石にトイレ関係では追求しようがないだろう。清潔を好む女子ならなおさらだ。 「じゃあ、僕はちょっと……」  僕はスポーツバッグを持って教室から出ようとした。とりあえず教室は危険なので、ここからエロ本をどこか別の場所に退避させなければならない。 「どこに行くの?」 「言ったろ? お腹が痛くなったから、トイレだよ。言わせんなって」 「トイレにバッグを持ち込むの? 朝練には参加しないのに、着替えるわけ?」  さりげなく教室を出ていきたかったのに、めざとく見つけられてしまったようだ。そして憎いくらいの彼女の指摘は的を射ている。 「まあ、いろいろあってさ」  誤魔化そうとすると人は曖昧な言葉を使う。これは豆知識だが、当事者になるとどうしてもやってしまうものらしい。  渡辺さんの目がキリリッと細められた。 「怪しい。……っていうか、臭い。そのバッグの中に何か隠しているんじゃない?」  口から心臓が飛び出そうになった。でも、ここで顔に出したらアウトだ。 「そ、そりゃあ入っているさ」  僕は平然と答える。 「野球部のユニフォームが。もとは朝練で着るつもりだったんだから」 「なんでそれをトイレに?」  僕は意を決して頭を回転させた。ここまで怪しまれてしまった以上、もはや戦いだ。僕が渡辺さんを誤魔化すか、渡辺さんにエロ本を見つけられてしまうかの二つに一つだ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加