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「ぼ……僕だけ、休むことにしたんだ」
「だったらどうして朝一に学校来てるの? ゆっくり登校してくればよかったのに」
渡辺さんの追求は意外にもしつこかった。普段から何気ない会話を交わしていることが仇となっている。なかなか自然に話が途切れてくれない。
「急遽、お腹が痛くなってしまったんだよね」
僕は迷った末にそう答えた。あまり好ましい言い訳ではなかった。要するにトイレネタである。それでもエロ本のことを看過されるよりはマシだと思った。
「臭い話だね」
ごもっともです。とはいえ、おかげで話が途切れた。流石にトイレ関係では追求しようがないだろう。清潔を好む女子ならなおさらだ。
「じゃあ、僕はちょっと……」
僕はスポーツバッグを持って教室から出ようとした。とりあえず教室は危険なので、ここからエロ本をどこか別の場所に退避させなければならない。
「どこに行くの?」
「言ったろ? お腹が痛くなったから、トイレだよ。言わせんなって」
「トイレにバッグを持ち込むの? 朝練には参加しないのに、着替えるわけ?」
さりげなく教室を出ていきたかったのに、めざとく見つけられてしまったようだ。そして憎いくらいの彼女の指摘は的を射ている。
「まあ、いろいろあってさ」
誤魔化そうとすると人は曖昧な言葉を使う。これは豆知識だが、当事者になるとどうしてもやってしまうものらしい。
渡辺さんの目がキリリッと細められた。
「怪しい。……っていうか、臭い。そのバッグの中に何か隠しているんじゃない?」
口から心臓が飛び出そうになった。でも、ここで顔に出したらアウトだ。
「そ、そりゃあ入っているさ」
僕は平然と答える。
「野球部のユニフォームが。もとは朝練で着るつもりだったんだから」
「なんでそれをトイレに?」
僕は意を決して頭を回転させた。ここまで怪しまれてしまった以上、もはや戦いだ。僕が渡辺さんを誤魔化すか、渡辺さんにエロ本を見つけられてしまうかの二つに一つだ。
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