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「実は昨夜、家でユニフォームに醤油をこぼしちゃってさ。トイレに行くついでに、染み抜きをしてみようと思うんだよね」
「ふうん。ユニフォームを着たままご飯でも食べたの?」
「洗濯して乾かしたやつをテーブルに置いておいたんだ。そしたら夕食で醤油差しを倒してかけっちゃったんだよ」
「ふうん。そうだ。ちょっと見せてくれる? もしかしたらわたし、取ってあげられるかもしれない。除光液で落とせるかもしれないからさ」
……この女。実は僕がエロ本をしまったところを目撃していて、わざと善意を装っているのではないだろうか。
そう疑ったものの、口には出せない。出した瞬間に僕の負けが確定してしまう。
正直に「最初から置かれていた」と言えばいいだろうか? いや。どう考えても言い訳をしているようにしか聞こえないだろう。女子というのものは理屈がわからない。感情でキモイとか言う人間なのだ。
「……わかった。見てくれ」
僕は意を決してスポーツバッグを開けることにした。
諦めたわけではない。バッグを机に置く際、ぞんざいに扱っているフリをして斜めに傾ける。エロ本が中で滑って奥にくるように仕向けた。あとは手さばき次第だ。
「ほら、これだよ」
僕はバッグのファスナーを開けると、素早く手を突っ込んでユニフォームを取り出した。すぐに広げたおかげで、渡辺さんの視界にはエロ本が入らなかったはずだ。
「どこ?」
ユニフォームを手にした渡辺さんは首を傾げた。醤油の染みというのは嘘だったけど、もとから部活で汚れているので、それっぽい汚れはいくらでもある。
「そこの茶色っぽい染みだよ」
「泥とかの汚れじゃないの、これ?」
渡辺さんがユニフォームを見ている間、僕はバッグの中のエロ本をより奥へと押し込んだ。
「うーん。これはちょっと取るのは無理かなあ」
「別に無理しなくていいよ。それよりそろそろ解放してもらっていいかな。僕、さっきからトイレに行きたいのを我慢してるんだけどね」
「あ、ごめん。引き止めてて」
渡辺さんはユニフォームを返してくれた。僕はてきぱきとバッグに入れた。当然、エロ本はユニフォームの下になる。これでほぼ大丈夫だろう。
「それじゃ!」
僕はスポーツバッグを担ぎ直し、教室の外へと向かった。
勝った。僕は秘密を守り切った。渡辺さんとの攻防に勝利したのだ。
「――そういえば」
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