第1章

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教室の戸を開けたら、そこには見知らぬ人たちがいた。 …いや、ひいき目に見ればそれは見知った顔だ。 それは、なじみの先生や生徒たちの姿であった。 だが、それに違和感を覚える。 きちんと席に座り私を見つめるその顔には緊張感がみなぎっていた。 頭には三角形のふかふかとしたこげ茶色の耳をつけ、尻の辺りからはしっぽが生え、目の回りには黒い大きなクマが見えている。 …隠す気があるんだかないんだか。 私はため息をつくと自分の席に座った。 すると教卓に立つ担任(?)が私に向かって話しかけてきた。 「あにゃ…綾小路…。おみゃ…お前は今まで何をしていたのだ…。」 噛んでいる。 だがこういう場合、私が合わせてやらねばなるまい。 私は見えないようにため息をつくと教卓に立つそれに話しかけた。 「生徒会の仕事をして遅くなってしまいました。…先生こそ、どうしてこんなに遅い時間に残っているのですか?もう、夜の七時ですよ?」 すると担任(?)は二の句が継げないのか、蒼白な顔をしたまま口をぱくぱくと動かしている。その様子がなんだかおかしい。 私が首を傾げると、後ろで紙がこすれるような音がした。 担任(?)が視線をそちらにうつすと途端に助かったという顔をした。 どうやらカンペを使いはじめたようだ。 そうして担任(?)は私に向かってこう言った。 「ほう、どうして我々が夜中にこの教室にいるのかだって…?それはな…」 その途端、教室にいた生徒たちは一瞬にしてかき掻き消えた。 「貴様がだまされたからだ!綾小路五郎右衛門の孫よ!」 そうして教室中に何十という大きな笑い声が響いた。 もっとも、その中にはよほど緊張感から解放されたことが嬉しいのか、やけくそまじりの涙声も混じってはいたのだが。 やがて教室が完全に静かになると、私は席から立ち上がり掃除用具入れからほうきを持ち出してあたりを掃除することにした。 床には木の葉や土や落ち、小腹がすいていたのかポテトチップスの袋まである。 祖父が彼らと交流をもってはや四十ウン年。祖父亡き後、いまは私がこうして度々騙され役に徹している…いるのだが…。 「はーあ、もっと化け方がうまくなれば良いのに…。」 そうして、私は箒を持つ手を休めると窓に映る夜の帳の降りた校庭を見つめた。 そこには何十匹という狸が群れをなして山の方へと走って行く姿があったのである。
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