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教室の戸を開けたら、そこには何もなかった。
本来あるべきはずのものが全てなくなって、代りに目のくらむような深い暗黒――『虚無』だとか『闇』だとか、少年マンガお決まりの単語で表わされそうな謎の空間が広がるばかりだった。
「冗談だろ」
俺は我が目を疑った。授業の合間にちょっとばかりトイレへ。で、帰ってきたらこのざまだ。
教室はなぜかどこかへ消えてしまって、俺は残された廊下に立っていることになる。これが現実と思える方がおかしい。
試しに目の前の空間に一歩を踏み出そうとしてみたが、そもそも踏めるものなどないようで、下手に足を出せば体は前ではなく下へと移動していくだろう。ただでさえ訳の分からない状況で紐も地面もないバンジージャンプは御免だ。俺は身を引いて教室の戸を締め直すと、ひとまず廊下の壁に体を預けた。
身を預けながら、俺は錯乱しそうな自分を必死で抑える。と、そのとき不意に横手から声がかかった。
「あら、八神クン」
振り向いた先には、隣のクラスの矢坂美紀がいた。壁に背中をもたれかからせ、正面に教室の戸を眺める俺からすると右手の方向だ。矢坂は近からず遠からずの微妙な距離を置いて、俺の方をしげしげと見やっていた。
ショートヘアと眼鏡の似合う見た目それなりの女子ではあるものの、女子としてはそれなりの身長があり、きつい……というよりは無愛想なその目つき顔つきで睨まれると、俺でなくともたじろいでしまう。返答に詰まる俺に、矢坂は衝撃的な言葉を投げかけた。
「八神クンのクラスの教室も、なくなっちゃったの?」
「俺のクラス『も』? ってことは、隣の――矢坂のクラスも?」
問いかけに問いかけで返した俺に、矢坂はこっくりと頷いた。
「ちょっと外に出てたあいだに、きれいさっぱりと、ね」
矢坂はにやりと不敵な笑みを浮かべて見せた。無愛想で通っているはずの矢坂がだ。笑みそのものも驚きだが、表情の意図が読めない。
「よく笑っていられるな、こんな状況で」
「まぁ、ね」
恐れを隠してすごむ俺を、矢坂はしかしあっさりと受け流す。
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