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「そう。わたしの願いを叶えたまえ、ってね」
「ランプから魔人が出てきて……ってか、バカバカしい」
「その辺りは、想像にお任せするけど」
俺があからさまに不機嫌な表情を浮かべると、矢坂は視線を外して遠い目をした。普段の矢坂からは考えられない表情だった。
「気持ちは嘘じゃないわ。ただ、それを伝えるのに情緒的な手段が選べる人ばかりじゃないって、知っておいてほしい」
向き直る矢坂の表情は決して硬くないが、声はどこか力なく感じられた。整理して考えてみよう。異様な状況ではあるが、この一連の流れは一種の告白というやつではないか?
「八神クン。ここに居てくれないかな。わたしと二人きりで」
なぜ矢坂がこんな妙なシチュエーションを選んだのかはわからない。が、『二人きり』が正真正銘の『二人きり』を指すのならば、残念ながら答えは一つだ。俺には他に友人も家族もいて、何より未来がある。廊下の切れ端の上で延々と闇の中を漂流していたいと思うほどヒマでもない。
「それは、できない」
俺は小さく、しかしはっきりとそう告げた。
「そっか。そうだよね」
矢坂は俺の返答をある程度想像していたようで、覚悟していたほどの悲壮感はなかった。居た堪れないことは、居た堪れないけれど。
「今ならまだ帰れるはずだよ。ここからね」
矢坂はそう言って、教室の戸を開けた。そこには変わらず、暗黒が広がっている。ここに飛び降りろと言っているのだ。いや、待てよ?
「お前も来いよ、ここから帰れるんだろ?」
俺の問いかけに、矢坂は首を横に振った。
「わたしは、もう無理だから」
それは、どういう意味――
俺が口にするより早く、矢坂が俺を突き飛ばした。俺は闇の中をひたすら落ちていき、一瞬のうちに矢坂の姿が遠くなる。
さよなら。
落ちながら、そんな声を聞いた気がした。
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