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次の日、教室の戸を開けたら、そこにはやっぱり集団ののっぺらぼうが座っていた。けれど壁中の眼球は私ではない方角をじいっと睨んでいた。私ではない方角。私の隣の席。ピンクのクマをじろじろと見つめていた。
「おはよ、クマ。」
「おはよう…。」
クマは元気なく微笑んだ。机の上に置かれた手は、一本しかなかった。
「どうしたの!」
壁の口が急に大声をあげた。
「手が」「手が」「手が」
「どうしたの?」「可哀想」「可哀想」「可哀想」
「もうダメだね」「ダメだね」「ダメ」
わあわあと壁中から呪いの大合唱がクマに浴びせられる。クマは震えながら机をじっと睨んでいた。
教室の戸を開けて黒いモノリスが耳障りな泣き声を放つ。
「可哀想ですね可哀想ですね」
クマは机を睨んで動かない。ぷるぷると小刻みに震えているようだった。
「行こう。」
私はクマの残っているピンクの手を掴んだ。ふわりとした手触りは、毛の感触ではないような気がした。
席を立って、モノリスを押しのけて教室から飛び出す。
「どこに行くのお。」
「その手…。」
うっかりと、私もクマに呪いの言葉を吐きかけて、ぐっと飲み込んだ。私にはクマの気持ちがわかる。呪われることの辛さがよくわかる。
「中庭。あんな教室いたくないでしょう。」
「あのねえ、君の気持ちが、今日初めてわかった気がするんだあ。」
クマはのんびりと言葉をつむぐ。握り返してきた手は暖かくて、まるで人間の手のようだった。
「先輩!」
「あれ、今日は友達を連れてきたの?」
先輩は相変わらず台の上に乗って、空へ手を広げていた。
「これがクマです。」
「クマ、それは誰なの?」
「私の親友ですよ!」
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