第1章

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 ある日私はケガをした。利き手だった。すぐに病院に行って治療してもらったから指がなくなることはなかったけれど、神経がおかしくなったようで、リハビリしないとものが持てなくなってしまった。  私は美術部だった。  ペンが持てない手はまるで手首から先がなくなってしまったのと変わらず、大好きな絵が描けないストレスはとてもじゃないけど耐えられなかった。絵が描けないなんて、他に何をすればいいのかわからない。  そして、クラスメイト。私は佐倉の気持ちが痛いくらいよくわかった。大丈夫か大丈夫かと手のことをやたら話す彼らは、まるで私の手が治らないようにと呪いをかけているようだった。可哀想可哀想と言われるたびに自分が可哀想な存在へと呪われていくような気持だった。だた普通に席に座っていても前後左右じろじろと視線が飛んできて、四方八方からひそひそと自分のことを話す声が聞こえた。まるで、教室中の壁に目と口が生えているようだった。  佐倉はこんな辛いなか毎日学校に来ていたのかと私は初めて理解した。  ごめんね、佐倉ごめん。親友のつもりだったのに、何もわかってなかった。けれど、今更そんなことを言えるようなずうずうしさもなく、私は机で俯くことしかできなかった。そうやって周りの視線と話声に耐えるために机を必死に睨んでいると、急に隣の席から腕が伸びてきた。  その腕は、私の怪我していない方の手首をしっかりとつかんだ。 「行こう。」  佐倉だった。彼女は怒って私を無理やり立たせると、ちょうど教室に入ってきた先生を押し倒して教室の外へと飛び出した。 「佐倉さん!隈部さん!授業がはじまりますよ!」  私たちの名前を呼ぶ先生を無視して、佐倉は松葉杖をつきながら私を連れ出してくれた。 「ど、どこに行くの?」 「中庭。あんな教室いたくないでしょう。」 「佐倉ちゃん。ごめんね。ごめんね。私、佐倉ちゃんの気持ちが、今日初めて分かった気がする。」  私の自分勝手な謝罪にも佐倉は嫌な顔一つしないで、ぎゅうと強く私の手首を掴んでくれていた。連れてこられたのは中庭。佐倉がいつも一人でいる場所だ。教室から死角になっていて、授業中だということもあるけれど、生徒や先生の姿はまったく見えない。
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