第1章

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しかし、そんな努力をすべて無駄にするかのように教室に稲田はいなかった。 それどころか教室には生徒がだれもいない。 信二は授業内容に変更でもあったのだろうかと考えながら、 ゆっくりと前から三列目の廊下よりにある自分の席に歩いていった。 自席の前まで来たとき、椅子の上に見慣れない紺色の服が置いてあるのに気がついた。 「ん?」 誰かが間違えておいたのだろうかと思って、それを持ち上げた。 すると服の間から白い布がひらりと落ちた。 なんだろうと思いそれを手で摘まんで目の前まで持ってきた。 信二の心臓がドキンと音を立てた。 ほとんど同時に教室の前の扉が開き、体操服姿の女性徒が顔を出し、信二と目があった。 「キャー、変態」 その女性徒は叫んだ。 信二は右手でその白い布だと思ったブラジャーを持ったまま 「違うんだ。違うんだ」 ・・・と必死で弁解した。 ブラジャーは信二の目の前でヒラヒラと揺れている。 そのとき女性徒の悲鳴を聞きつけたのか隣のクラスの生徒がやってきた。 信二はパニックになった。 「誤解だ。僕の椅子の上にこれが置いてあったんだ」 しどろもどろになりながらブラジャーを右手で掴んだまま必死で弁解した。 女生徒達は目 をまん丸にして、あきれたような、なかば軽蔑したような顔をして信二を見つめた。 そのとき先生が後ろから顔を出した。 「僕の椅子って、ここは家庭科室だぞ。君は何組だ」 「2年A組です」 「それは上の階だ!」 先生はあきれてため息をついた。 「嘘でしょ!」 信二は思わず叫んだ。 この学校では女性徒が体操の着替えをするときは、家庭科用の教室を使うことになっているが、 一般の教室と同じつくりになっている。 信二は遅刻して稲田先生のことばかりを考えていて階を間違えたのだ。 「いいからその手に持っているものを下ろしなさい」 先生は諭すように言った。
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