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「今では世界各地で魔法文化が発展し、快適な生活を――」
「はい泉条君。そこまででいいですよ。あと三十秒ほどで鐘が鳴りますから」
眼鏡をかけた若い男が、泉条と呼ばれた少年の言葉を切る。鳥のさえずりが鮮明に耳へと伝わってくるほどに、その空間は静かで、穏やかな風が窓を通して澄み渡る。
そこは、俗に言う学校であった。
等間隔に並ぶ木製の机には、それぞれの体操着袋がかけられていて、黒板の隅にはいつも誰かしらの落書きがあった。今日は犬のような生物が黒板から教室を眺めている。
涼やかな気候のせいか、机に突っ伏したまま寝息をたてている生徒も多い。
そんな授業の中、唯一席を立っていた少年は、開いていた教科書を閉じて腰を下ろそうとしていた。泉条と呼ばれた生徒だ。
泉条が椅子に腰かけると、不意に何かを思い出したのか、教師が閉じた口を再び開く。
「あぁ、そうだ。泉条君、君はもうすぐ次の誕生日だね。記憶の固定化が許可される歳になるわけだけど、君は手に入れた魔法で、何か成し遂げたいことはあるのかい?」
気まぐれだった。深い意味もなく、誰にでも聞くような質問であった。それでも、泉条は一般の少年たちにありがちな魔法の憧れなどを語ることもせず、真剣な面持ちで語る。
「俺は、俺の魔法で――」
授業の終わりを知らせる鐘が、少年の言葉をかき消すように、白の無い鮮やかな水色にのぼっていく。
世界が、滑らかに溶けていく。
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