第1章 新大陸へ向けて

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 クオレにしても、皇帝にしても、それ以上、キールのことに時間をかけてはいられなかった。勝利を収めたガルシア軍はいまだデボーラ領域に留まっており、退く気配を見せない。戦うにせよ、講和を結ぶにせよ、早急な対策が必要だった。  決定が下されたあと、キールは傷心したまま宮廷を後にし、帝都の人混みへと消えていった。  そして現在にいたる。キールは心傷を引きずったままケロイト地区に住み着き、そして腐っていた。昔日の面影は、見る影もない。  エミリアは酒場のテーブルでうつむいたままのキールに声をかけた。 「で、どうするの? あなたはこのまま、そうやって一生、自分の浅慮と短気を嘆きながら生きていくつもりなの?」 「・・・・・・」  キールからの返答はなかった。それが問いかけへの肯定なのか、あるいは否定なのかは判別できなかったが、エミリアはあえて否定と見なすことにした。  エミリアは告げた。 「三日後、わたしは帝都を立つわ。目的地は新大陸、任務は捜索。先日、新大陸の調査を任されたハミルトン・シェラ率いる調査隊が消息を断ったという一報が帝都に届いたの。彼らの行方を捜すことが目的よ」  そう言って、エミリアは語気を強めた。余計な一言だと思いつつも、言わずにはいられなかったからだ。 「もし、興味があるなら明日、宮廷に来なさい。わたしの部下として探索に加わらせてあげるから。なにもせず酒ばかり浴びている生活から、そろそろ脱却したらどう? 人生は一度きり、後悔しててもなにも改善しないわよ」  それだけ告げて、エミリアは酒場を後にした。エミリアが話をしている間、キールはずっとうつむいたままであった。  外に出て、エミリアはもう一度、酒場を振り返った。  言うべきことは言った。あとはキールの判断しだいだ。なにも返事はなかったが、きっと立ち直ってくれると信じている。まぁ、もっとも、穀潰しと過ごす一生も、それはそれで楽しいかも知れないが。 「待っているからね、キール」  小さく呟いて、エミリアはケロイト地区を後にした。
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