第1章

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 左右の本棚にはぎっしりと本が詰まっている。革の表紙で、表題は日本語のように見えない洋書のような本もある。あの洋書もこの『天狗様』らしき少女が読むのだろうか(まさかね。でも他に誰が読むんだ?)。なんだか霊媒師の机というよりも、どこかの大学の文学か歴史学の研究室のような印象だ。部屋には祭壇らしきものはおろか、神棚も見当たらない。  少女は、洋菓子の箱を手前の机の新聞の隙間に置き、表情のない眼でボクを見た。  「こちらへ」  案内されたのは、隣の扉のない十二畳ほどの応接室だった。窓はなく、蛍光灯がやけにまぶしい。一瞬くらっとしてしまった。  さっきの事務室のパイプ椅子と折りたたみ式の机とは違い、やけに高価そうな六人がけの応接セットがあった。けれど、絨毯はちょっと安っぽいな。コーヒーの染みらしい汚れがある(ボクは目がいいのだ)。  左右の棚には、ガラス箱に入った立派な博多人形やおかっぱ頭の大きな市松人形、値打ちがありそうな茶碗、どこか外国のものと思われる民俗楽器、立てかけられた洋風の大きな皿などが整然とおいてある。ただ、天狗のお面や八ツ手の団扇、小さな箱型の帽子、修験者が着るような白いボンボンが四つついた服など、天狗を連想させるようなものは見当たらなかった。  品物の価値は、ボクには全くわからないが、もしかしたらこの天狗様、インチキな霊能力とやらで、そうとう稼いでいるのかも知れない(実はガラクタばかりかもしれないけど)。  ただ、不釣合いなのは、隅にある小さなワンドアの冷蔵庫の存在だ。応接室に、どうして冷蔵庫があるのだろう。  少女はくるっとふりかえると、まずこう言った。  「警告しておく。天狗に関わるな。祟るぞ」  えっ?祟るって何だ? 警告って・・・。ボクを見ている少女はどこまでも無表情だ。うわーこの子、睫毛がめちゃ長い。  「いいのか?」  いいも悪いもないだろ。不気味なことを言って、ボクを脅すつもりか?馬鹿馬鹿しい。小中学生じゃあるまいし、そんなセリフ無駄だよ。  「あ、はい」  ボクの返事を聞くと、少女は無表情のまま、年代物らしい黒いソファを指差した。  「座りなさい」  そして、少女もボクの向い側にゆっくりと座った。  「失礼します」
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