第1章

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 でも今日の母は、やけにうきうきしているなあ。今まであちこちの相談所へボクを連れて行ったときとはまるで雰囲気が違う。その『天狗様』とやらは、よっぽど評判なのかな。結構強力な相手かもしれない。まあ、ボクが洗脳されて信者になってしまうなんてことは、ありえないけどね。           二  と、いうわけで、ボクがそこに連れてこられたのは、どんよりと曇った空気の重たい月曜日の午前中だった。  タクシーに乗り込むと母が運転手に、予約でしか買えない高級洋菓子屋と、その天狗様とやらがいる場所の住所を告げた。タクシーはほとんど、ボクの自宅があるマンションと洋菓子屋を往復しただけで、最終目的地はボクの家から五百メートル位しか離れていなかった。高尾町はボクの住んでいる住所からすると、すぐ近くだとは知っていたが、こんなに近いとは思っていなかった。洋菓子を買うためにタクシー代を払ったようなものだ(もったいないなあ)。  タクシーは細い裏通りの不景気そうな不動産屋の前で止まった。この道はどうやら一方通行らしい。  「この不動産屋さんの二階なんですって。入り口はどこかしら」  あちこちをうろうろしている母にはかまわず、ボクはぼんやりと通りの様子を見ていた。このあたりはアーケードはないが、一応商店街のようだ。『高尾町不動産』と書かれた看板の不動産屋と同じ並びには、クリーニング屋や喫茶店・酒屋、向かいにはソバ屋や薬局・骨董品店・お惣菜屋などが並んでいて、どの店も古臭くこじんまりとしている。少し離れた豆腐屋に店員らしき人影が見えた。  シャッターが下りているが『PC高尾町』と書いたパソコンショップらしき店の看板もあった。開店時間前なのか潰れてしまったのかは不明だが、こんな若者が来そうにもない、さびれたような裏通りで商売になるんだろうか。おそらく、このパソコンショップは潰れてしまったのだろうとボクは思った。  まだ午前中だからかも知れないが、人通りは全くなく裏通りは閑散としている。アーケードは架かっていないが、比較的新しい建物が多いボクの街では、珍しい古い商店街風の場所だ。自分の住むマンションの近くに、こんな場所があったのはちょっと意外だった。じっくり探したら駄菓子屋やプラモデル屋があるかもしれない。(一度、探検してみたら、面白いかもしれないな)
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