第1章

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 「あっ、ここ!高尾町ビルヂングって書いてある。タッ君、こっちこっち」  ああっ!通りで大きな声出すなよ。母親ってどうしてこうも、一緒にいると恥ずかしいのだろう(ボクだけじゃないよね)。  ん?高尾町ビルヂング?(変なカタカナだ)どこがビルなんだ?  ボクが見上げると、不動産屋の看板の上は、確かに古い三階建ての小さなビルになっていた。石造りでかなりの年代物のように見える。上階には看板らしきものは全くない。おそらく口コミで、細々と霊感商売をしているのだろう。  見ると『高尾町ビルヂング』と書かれた看板が上にあった二階への入り口の前をふさぐように、四輪駆動の大き目のワゴン車が停まっていた。後ろのバンパーが何箇所か少しへこんでいる。中を覗くと三列目の座席がはずされていて、かわりに中型くらいのバイクが太くて丈夫そうな黒いゴムバンドで固定されて積んである。どこかにバイクを配達するのか? さっきざっと通りを見たときには見当たらなかったが、近所にバイク屋か自転車屋さんでもあるのだろうか。  ワゴン車の横をすりぬけて、両開きの古い扉をあけると、目の前に急な木の階段があった。木の手すりの一番手前が国会議事堂のような柱(これって擬宝珠っていうんだっけ?)になっていて、いかにも時代がかっている。母が先に中央が少し磨り減った階段を上り始めると、案の定きしんだ音がした。いかにも古風な年寄りの霊媒師が住み着きそうな感じだ。  このビルだったら、家賃も安いだろうし、怪談のひとつぐらいありそうだから借り手もいないのかな。ボクも母の後に続いて二階へあがる。階段は上がるにつれて中央の部分がすり減っていて色が変わっている(うへー、まるで博物館だ)。二階の廊下にはいくつかの扉があったが、目的の扉は一番手前にあった。  古風な磨りガラスの入った両開きの木目調の扉には、右側の扉のちょうど母の目の高さに『天狗』とだけ筆で楷書風に書いた名刺のようなカードが貼り付けてあった。その下には『呼び鈴を鳴らしてください』と可愛い丸ゴシック体で書いたA4くらいの紙が貼ってあって、その紙だけがまぶしいほど白い。どうやら、その紙は最近パソコンか何かで印字したもののようだ。  母はあちこち見回して、やっと古い丸ボタン式の呼び鈴を見つけて鳴らした。しばらく待つと、そっと扉が開いた。
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