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「一億円!?」
隆史は目を見開き、スーツケースを見つめた。スーツケース1つで収まりきれる量だろうか。生唾を飲み込む。
黒い中折れ帽子の男は口だけを歪めた。帽子の影から値踏みするような視線を隆史に送る。
「要らぬのですかね」
「あ、いや、信じられんっす」
肩を叩かれ呼び止められ、人気のない公園に連れ込まれた。夕暮れでもない真っ昼間に拐われるとはと思ってたら、そこで唐突に一億円をあげるといわれたのだ。
すぐ信じられる人がいたらすぐ来いよ、隆史は腹のなかでぼやく。
「はぁ、残念ですね。まことですのにね」
男はさも残念げに肩を落とした。その姿は本気であるようにも、嘘であるようにも見えた。男はうつむき加減に背を向け、去っていく。
隆史は慌てて手を伸ばし、男の腕をつかんだ。
「ま、ま、ま、待てっす。まだ、受けとらんとも嘘だともいってないっすよ?ただ、話が急すぎてついていけないだけっす」
嘘じゃなければ欲しい。喉から手どころか足だって目だってなんだって出ていくほど、欲しい。
金があればなんでもできる。ゲームだって課金してさ、一位になったり。高いものを飲んだり食ったり、車だっていいやつが買える。女だって。
涎が口から漏れ出そうとするのを必死に押し止めた。隆史は一度深く息を吸った。
男がその様子を興味深げに眺め見ているのを目の端で確認する。
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