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ベンチに止まったツクツクボウシが静寂を破る。隆史は息を一気に吐き出した。
「金は欲しいっすよ。そこは認めるっす。でもっす。ほんまもんって、すぐに信じるやついると思うっすか」
男はほんの僅かに見開いた。隆史はたたみかける。
「すぐ信じられんっすよ?もしかしてなんかしら条件あるんかとか、罠なんじゃないかとか。仮に本物ならば、ほしいっすけど」
男は手を振った。ニヤリと口を歪め、愉快げに笑う。
隆史は男の笑みに眉根を寄せた。
「条件は、といいたいですが、ないのですな。ああ、ご安心を」
男は手慣れたようにスーツケースを開ける。文句をつけようにもそこには札束いっぱいだ。右手を伸ばして一束持ち上げる。
その下にも同じ顔をしたお札が埋まっていた。
「マジっすか」
「まじ、ですな」
男はこれはほんの一部にすぎぬと通帳を渡してきた。通帳の額に隆史の頭の中は白くなった。
スーツケースと合わせて一億。男が言うことにはだが、これは間違いあるまい。とんでもない額に目眩が起きそうだ。
男の顔と金の間で視線をさ迷わせる。迷った先で出した隆史の答えはイエスだった。
男から受け取ったスーツケースと通帳、実感がわかない。隆史はとりあえず自宅に持ち帰り、部屋でその二つを睨み付ける。
「どうするんっすよ、これ」
わかぬ実感もそこそこに呟いても誰も答えやしない。スマホを取り出して一億円、と打ち込む。
宝くじ、宝くじ、大富豪、宝くじ・・・・・・。
スクロールしていって突然金持ちになった人の体験談を読む。
「うわっ。やってられねっすよ」
最高と最悪。金にたかる人。その画面奥から臭ってくる悪意に隆史は顔を歪めた。
目の前のスーツケースに目を写す。先程まで震えなかった手が震えて仕方なかった。
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