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「ほんまもんとはね」
スーツケースの中身に頭を抱える。明希が来たことで安心したのか、高いびきをかいて寝る隆史を、明希は蹴り倒したい気分にもなっていた。
「あったらあったで、すぐ使い果たしそ。タカられて。だったらダメでも夢にしようか」
金と通帳を急いで部屋にあった黒いビニール袋に入れる。それを車に隠し、十万だけ机の上に置いておいた。
「隠し場所はゆっくり探すね。騙すようで悪いけど」
隆史が深く眠っている間にと、明希は住宅地の間の木々の繁る公園にいった。
「こんなことあったら、いつも私がやるんだよなぁ」
人目を気にしながら、スーツケースへ木の葉を詰め込んで、隆史のもとへ戻るとまだ寝ていた。
息を吐いて、薄暗い部屋に元の位置になるように置き直した。
「あると思うとダメなんだ。お金はないと困るけど」
呟きながら、柔らかな寝顔を撫でる。小さく唸る彼に明希は優しく微笑んだ。
朝になり、隆史は恐る恐るスーツケースに手を伸ばす。昨日まであった重みが消えたのに頭をかしげつつ、開けた。
「え」
木の葉が部屋の中を舞い落ちる。口をぽっかり開けた隆史の姿を、薄目で見ながら明希は密やかに笑った。
「狸っすかぁ」
穏やかな朝日は部屋を照らして、隆史は伸びをした。布団な擦れる音に振り向き、明希に苦笑いを向けた。
「なに笑ってんすか。あ、昨日の話は忘れてくれっす」
「昨日の話って?」
「もう。いいっすよ」
いつもの穏やかな会話。いつもの軽やかな笑い声。安堵の息は互いに秘密で吐いた。
雀の声は二人を囃し立てていた。
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